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HOME私の提言> 第14回

地震多発地域で各コミュニティーの地域性に合った防災文化を構築する:
イラン・イスラム共和国ケルマン州での事業をケースとして


 

特定非営利活動法人 SNS国際防災支援センター
理事長 大久保 信寛(おおくぼ のぶひろ)さん

略歴

神奈川県出身。2003年5月、ニューヨーク大学ワーグナースクール公共政策大学院NPO経営学専攻修了。帰国後、特定非営利活動法人ピースウインズ・ジャパン入社。2003年12月に発生したイラン南東部地震直後、緊急支援チームの一員としてイランへ。2004年3月、事業代表就任。2006年2月まで支援活動を行なう。その後、パキスタンのムザファラバードにて、防災セミナー開催。2006年5月、ピースウインズ・ジャパンを退職し、特定非営利活動法人SNS国際防災支援センターを設立。イラン、パキスタンでの経験をもとに、アジアをはじめとする地震多発地域で防災文化構築を支援するために活動を続けている。

 


1.はじめに
2.イラン南東部地震後に行なった事業の紹介、経過、及び結果
  2−1.モデルハウス建設による耐震技術普及
  2−2.住民向け防災セミナー開催
  2−3.地元職人向け耐震技術トレーニング
  2−4.学校再建
3.事業の問題点、及びそれらの分析
4.提言(短期的、及び中長期的な視点)
  4−1.技術専門学校建築コースへの耐震技術のカリキュラム導入
  4−2.防災教育ビデオ制作
  4−3.建築スーパーバイザー育成
5.参考文献



 

1.はじめに :

近年、毎年のように世界各国で大きな地震が発生し、数万人規模の人々が命を失っている。特に、アジア、及びその周辺地域での地震での被害は突出している。例えば、トルコ(1999年)、インド(2001年)、イラン(2003年)、インドネシア(2004年)、パキスタン(2005年)、そして中国(2008年)では、震災により日本では考えられないような多大な被害を受けてしまった。

そして、イランでは、南東部のバムで2003年12月26日にM6.3の地震が発生し、約43,200人が亡くなったとされている(1)。さらにこの地震から約13年前の1990年、カスピ海沿岸地域(ルードバール、マンジールなど)で発生した震災でも約18,000人が亡くなったとされている(2)。このように、イランでは、1962年〜2003年までの約40年間に、10,000人以上の死者を出す地震が5回も発生している。佃為成らのカスピ海沿岸地域での地震発生後の調査結果によると、同地震も含め1962年以降にイランで発生した地震によって多数の死者を出した主な原因は、土を用いた住居の重たい屋根や壁の崩壊による圧死である(2)。さらに、2003年に発生した南東部地震でも同様の原因で多数の人が命を落としている(1)。つまり、イランでは、毎回、同様の原因により、多数の死者を繰り返し出して来てしまっていると考えられる。

筆者は、こうした惨劇を繰り返すことなく、将来の地震の被害を減らすためには、地域の人々の生活習慣、考え方、及び経験などに基づいた、彼らに合った防災文化を構築することが重要だと考えた。この提言では、イラン南東部地震発生後、ピースウインズ・ジャパンの職員として携わった緊急・復興支援活動に加え、筆者が代表を務めるSNS国際防災支援センターが、2006年よりケルマン州政府と共同で行なっている防災文化構築支援活動についての経過報告と問題点を分析し、各コミュニティーの地域性に合った防災文化構築のための、中長期的な支援のアイデアを述べる。



2.イラン南東部地震後に行なった事業の紹介、経過、及び結果:


2−1.モデルハウス建設による耐震技術普及

震災の約3ヵ月後、被災者のための仮設住宅の建設が開始された。その頃、政府を中心に住宅再建についての検討も開始された。そこで、今回の震災の経験を活かした耐震技術を用いた住宅の再建をイランの住宅財団に提案した。住宅財団から、その提案に関しての同意を得た後、インドのNGOと協力し、イラン南東部地震で倒壊した建物の原因を調査し、この結果に基づいて、バム地域に普及させる耐震技術を決定した。この耐震技術は、従来の工法をベースにし、地元で手に入りやすい材料を使用することを考慮して決めた。また、建築費も従来工法に比べて若干のプラスはあるものの、それほど変わらない費用に抑えた。その後、同技術を建築技術者、政府関係者、大学関係者、及び地元職人など幅広い層の人々に紹介する目的で、ワークショップを開催した。

これにより、地元政府から学校、及びモデルハウス建設の依頼があり、同技術を用いて、それらの施設の建設を行なった。これらの建築を通して、職人へのトレーニングを行なうとともに、建設現場では、訪れた住民に対して、耐震技術の説明を行なった。モデルハウス完成後には、住民を対象に耐震技術を紹介するためのワークショップを神戸のNGOを協力して開催した。


      モデルハウス建設(バム)    住民向け防災セミナー(バム、主催:CODE)


2−2.住民向け防災セミナー開催

住民への防災教育により、彼らの防災意識を向上させ、地震に強いまちづくりを自発的に行なう意識も構築する目的で、イラン住宅財団、及び地元政府と協力して、合計8回の住民向け防災セミナーを開催し、総計約400人の住民が参加し、彼らは、防災の重要性、必要性を認識した。このセミナーでは、地震のメカニズム、イラン南東部地震による建物の倒壊原因、耐震技術の基本、及び日本での地域防災などを紹介した。

また、この防災セミナー開催に先駆けて、住民の防災に対する意識などを知るために、聞き取り調査を行なった。この聞き取り調査の結果、住民の震災前の防災意識、震災直後の問題点、復興に対する考え方、及び将来の防災に対する意識などが分かり、それらを活かして、防災セミナーの構成を作った。


     住民向け防災セミナー(バム)    住民向け防災セミナー(ケルマン)

2−3.地元職人向け耐震技術トレーニング

震災の約6ヶ月後、住宅財団が被災者の住宅再建を支援するために助成金制度を実施した。それによると、被災者は、住宅財団が耐震設計であると承認した設計法に基づいた設計で住宅を再建することにより、助成金を得られる仕組みになっている。しかし、多くの被災者は、こうして住宅を再建しても住居の耐震性に疑問を持ったままであるのが現状であった。つまり、バム地域では、建築業者による多くの手抜き工事や職人の技術の低下が認められていたため、人々は、いくら設計は耐震でも、完成したものが耐震であるかどうか疑いを持っていたのである。

そこで、地元職人の技術・意識の向上のために、職人向けに耐震技術についてのトレーニングプログラムを2期(1期=約4ヵ月)に分けて、イラン住宅財団、及び地元政府と協力して行なった。このプログラムでは、工法別に基本的な耐震技術を講義と実技の両方で指導し、2期合計で、33名の職人が最終試験に合格し、我々と住宅財団で発行した修了書を受け取った。さらに、基本的な技術を身に付けた地元職人も、実際の建設現場で作業に当たりながら、トレーニング参加者への指導を行い、他の地元職人に対しても耐震建築施工に関する基本的な技術を習得させることができた。


  地元職人向け耐震技術トレーニング(実技) 地元職人向け耐震技術トレーニング(講義)

2−4.学校再建

イラン南東部地震により、バム地域では、131校(約90%)の学校が完全に倒壊した。震災の約3ヵ月後、仮設校舎が建設され、そこで学校が再開された。しかし、バム市中心部では学校の校舎の倒壊程度が大きく、瓦礫が学校の敷地全体に広がっていることもあり、仮設校舎を建てるスペースもなく、その周辺に住む生徒は、他の地域の学校に通うことを余儀なくされていた。さらに、当時、校舎が地震によって完全に倒壊した記憶が、まだ焼きついていた住民からは、耐震構造での校舎再建の希望もあった。また、我々が開催したワークショップなどで、地元教育省は、我々の耐震技術に興味を示しており、耐震技術を活かした学校を再建してほしいと希望した。そこで、バム市中心部の完全倒壊した学校の1つを、我々が提案した耐震技術を用いて再建することにより、生徒の安全を確保するとともに、建設作業を通して同地域への耐震技術の普及を目的として、この学校再建が実施された。

耐震技術を用いて再建された小学校(バム)  バムでの小学校再建工事(基礎工事)

 

3.事業の問題点、及びそれらの分析

まず、住民向け防災セミナー開催前に行なった聞き取り調査の結果、住民は、防災に対する知識やアイデアが全くないことが認められた。彼らに防災に対する意識を聞いたところ、防災と言っても、実際、何をしていいのかわからないという回答が圧倒的多数であった。そのため、当然のことながら、イラン南東部地震前、何かの防災対策を少しでも行なっていた人は皆無であった。また、同セミナーに参加した住民でさえ、防災の大切さを理解するものの、我々の防災の提案を実施するとなると、難色を示す人が多かった。そのため、今後、彼らの生活習慣に合い、無理しなくても簡単に実行できるような防災対策をともに構築していくことが大切であると思われる。

また、イラン南東部地震の被災地以外で住民向け防災セミナーを行なったとき、同地域の人々の防災意識が非常に低いことが認められた。約500の家々を訪ね、防災セミナーへの参加を促したところ、そのときは、「非常にすばらしいセミナーですね。」、「とても大切だと思いますので、必ず行きます。」、さらには、「このようなセミナーは、我々のためのものだ。何を差し置いても行きたい。」などと、多くの人々から手応えのある回答を得たものの、実際にセミナーに参加したのは、訪問した家の約10%の約60名であった。しかも、その大部分が教育関係者だった。このように、一般住民は、防災に対して、ほとんど関心がなかった。そのため、今後、近年地震を経験していない地域で防災文化を構築するためには、まず、住民の防災意識を少しでも向上させることが大切であると考えられる。

さらに、バムにて行なってきた耐震技術普及のための住民向けセミナーや職人向けトレーニングでは、なるべく出席者がそれらを理解し、それらの技術や知識を今後の復興活動に反映させてもらおうと、毎回、アンケートを取り、個別インタビューなども行なってきた。そして、その結果から毎回、内容を若干変更するなどの工夫をした。しかし、毎回のように、参加者から違った反応があったため、バム地域の人々が理解しやすいようなプログラムを組む方法については、明確な回答が得られなかった。さらに、建設現場で職人に対して、トレーニングを行った際も、同じような工夫を試みたが、やはり同じ結果となった。以上から、耐震技術普及や防災教育を行なう際には、その地域の社会や、そこに住む人々の習慣、考え方、及び振る舞いなどを理解し、それらに基づいてプログラムを組むべきだと考えた。

ところで、「地元職人向け耐震技術トレーニング」の説明で述べたように、このプログラムに参加した職人は、地震に強い建物を作るための重要な点を理解できたように思われる。しかし、このトレーニングを修了した一部の職人には、トレーニングで得た技術を理解し、実行できるようになっても、昔から身についた習慣を止めることができず、その後、従来通りの間違った方法で施工を続けているものもいた。このことから、職人の意識改革とともに、間違った技術を身につけていない若年のうちからの教育が必要であることが考えられる。

また、同じく、「地元職人向け耐震技術トレーニング」の説明で述べた住宅財団による助成金制度は、耐震技術を用いて設計された住宅の普及に少なからず貢献したと思われるが、設計を承認した後、施工管理が人員の不足等の原因で十分になされておらず、形式的なものになってしまっていた。そのため、設計通り耐震建築が作られるかどうかは、各職人の技術や意識によるところとなってしまっていた。そのため、耐震建築を確実に普及させるためには、助成金制度だけではなく、施工管理もしっかりできるような政策が必要であると考えられる。

4.提言(短期的、及び中長期的な視点)

ピースウインズ・ジャパンの職員として行なってきた事業を分析した結果に基づき、「それぞれの地域性に合った防災文化の構築」を支援するため、以下にSNS国際防災支援センターとして、現在行なっている事業について述べる。さらに、中長期的な視点に立った事業計画についても紹介する。

4−1.技術専門学校建築コースへの耐震技術のカリキュラム導入

イラン南東部地震後の復興支援活動を通して、将来の地震に備えるため、防災意識を持ち、正しい技術で地震に強い建物を建てることができる職人の育成の大切さを痛感した。そこで、我々は、イラン南東部地震を経験したケルマン州の政府に対して、将来、建築職人を希望する学生への耐震技術の教育プログラムの構築を提案した。

そして、同州政府代表者と協議の結果、州内にある技術専門学校の建築コースに耐震技術を教育するためのカリキュラムを構築することとなった。同コースの先生方と、現在ある教育カリキュラムに、どのようにして耐震技術教育を加えるかを話し合い、耐震技術教育のためのカリキュラムを構築した。現在、そのカリキュラムに基づき、テキスト作成、及び試験機導入のための準備などを行なっている。

同コースは、高校1年生の課程を終了した学生が入学し、2年間で建築の基礎を学び、卒業後は、職人として建設現場で働く人が多い。しかし、この2年間のコースのみで建築技術者として独り立ちするのは難しく、卒業後、現場で独学によりさらなる技術を身につけるか、現場でいっしょに働いた他の職人から学んで、職人として独り立ちするケースが多いようである。そのため、同コースの卒業生が正しい技術で地震に強い建物を建てるためには、卒業後も引き続き、建設現場で学ぶ機会を与える必要があると思われる。

そこで、ローカルNGOを設立し、同建築コースで耐震技術を学んだ卒業生を登録し、個人の住宅、及び公共施設の建設を受注し、SNS国際防災支援センターの指導のもとで彼らに、さらに耐震建築を学ぶ機会を提供する。それにより、同コースの卒業生が、耐震技術を身につけた職人として一人前になるまで教育を続けることができ、さらに耐震建築の数も増えていくと思われる。

つまり、この技術専門学校での基礎教育とローカルNGOと共同での現場教育により、防災意識と正しい耐震技術を持った職人の数が増え、それに伴い、地震に強い建物が増えていく環境を作ることができると考えられる。

技術学校の先生方とのカリキュラム開発     そのカリキュラムに基づくテキスト作成

4−2.防災教育ビデオ制作

今までの活動の経験から、近年地震を経験していない地域の住民に対して防災教育を行い、さらに同地域で耐震技術を普及させるためには、まず、その住民や子供たちに少しでも防災への意識を持ってもらうことがとても大切であると考えられる。そのため、イラン南東部地震で被災したバム地域の住民などの協力を得て、防災への意識を持ってもらうためのビデオを制作することとなった。

このビデオは、イランのイスラム文化指導省からの許可を得て、完成後、各地の小中学校へ配布される予定である。我々が、イランの他地域で防災に関する事業を行なう際にも、同地域の住民や子供たちの防災に対する意識を高めるために、使用していく予定である。

被災した子供たちへのインタビュー(バム)   教育施設委員会技術部長へのインタビュー

4−3.建築スーパーバイザー育成

1990年に発生したカスピ海沿岸地方での地震で大きな被害を受けたギラーン州は、地震多発地域で、それ以外にも過去に震災により多くの被害を受けてきた。そこで、同州の住宅財団は、建築基準法の改正だけでなく、それに基づいて正しく施工されているかどうかを監視するため、20〜30箇所の現場に1人の割合で建築のスーパーバイザーを育成することを決定した。

イラン南東部地震後の復興支援活動を通じて、協力関係にあった住宅財団に、建築の設計だけではなく、施工管理の大切さも訴えてきた我々に、同州の住宅財団は、このスーパーバイザー育成に関して、協力を求めてきた。そこで、同州にて共同で、この育成プログラムを行なうことになった。

このスーパーバイザー候補は、一般に広く公募されることになる。そして、教育を受けた後、住宅財団と契約して、施工管理を行なうことになる。

また、耐震建築を普及させるためには、住民の防災への理解も大切であるため、この育成プログラムと並行して、住民への防災教育も行なっていく。こうして、政府と住民が協力して建設現場を監視し、手抜き工事などの発生を防止し、同地域に地震に強い建物を普及させる環境を作る。

5.参考文献 :

(1)日本建築学会, 2004, 『2003年12月26日イラン・バム地震被害調査報告』日本建築学会

(2)佃為成ほか, 1991,「1990年イラン北西部ルードバール地震の被害や地変の観察と聞込み調査」, Bulletin of Earthquake Research Institute of University of Tokyo, 66, 419-454



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2008年9月20日掲載
担当:中村、菅野、宮口、藤澤、迫田、奥村

 



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